悪太郎伝 悪い星の下でも

(C)1965 日活
昭和初期、鈴木重吉は河内平野で生れ育った。貧農で酒と喧嘩軍鶏にうつつをぬかす父親重兵衛の、反対を退けて第三高等学校に入るため、重吉は八尾中学に進んだ。学費のたしに中川牧場の牛乳配達を始めた。ある日、中学で重吉ら四年A組の全員が、風紀部委員に呼び出しをくった。特にA組の三島義夫は、夜若い女と歩いたという科で、制裁を受けた。重吉は三島に同情したが、風紀委員の大岡が、三島の従妹の女学生種子に横恋慕した腹いせに、三島を苦しめたのを知ると、重吉は、大岡に剣道の試合を申し込み、万座の中で大岡に恥をかかせた。

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